水都—ラッキードラゴン [2009]
街中を美術館に
「水都大阪2009」は、かつて水都として称えられた大阪の水辺の再生をテーマに、大阪府、大阪市を含めた官民一体の都市型博覧会として企画された。会場が複数にわたる大規模イベントだったが、当初計画された時よりは知事の交代などによって予算や規模が縮小され、参加アーティストへの予算も大幅に削られた。その中で、招聘アーティストとして選ばれていたヤノベケンジは、行政や市民にアートの価値を示すための分水嶺だと判断し、低予算で大量の作品を展示、制作することを決断した。
大阪の代表的な複数の建造物に自身の作品を召集して展示し、大阪の街自体をヤノベの美術館へと塗り替えることを試みた。大阪市庁舎には《ジャイアント・トらやん》、大阪府立中之島図書館には《森の映画館》、京阪電車なにわ橋駅アートエリアB1には《サヴァイヴァル・システム・トレイン》(1992)、《タンキング・マシーン》、《アトムスーツ》、《トらやん》などによるインタレーション、名村造船所跡地には《ウルトラ-黒い太陽》など、大阪でも人通りの多いパブリック・スペースに設置した。
中でも、新作として大阪の河川を巡航する船に取り付ける作品として《ラッキードラゴン》を新たに制作した。「ラッキードラゴン」とは1954 年、ビキニ沖環礁での米軍の水爆実験で被爆した遠洋マグロ漁船「第五福竜丸」の英語名であり、現在、都立第五福竜丸展示館に常設展示されている。
ヤノベは2004 年に、冷戦時代にアメリカで放送されていた核戦争に対する啓蒙フィルムを再編集して、子どもだけが鑑賞できるスモースサイズのシェルター型映画館《森の映画館》を制作し、都立第五竜丸展示館でも展示している。その際、《トらやん》が「第五福竜丸」を再生させる空想を抱くようになる。
《ラッキードラゴン》は、「第五福竜丸」を《トらやん》が再生させることをイメージすると同時に、かつて隆盛を極めた水の都、大阪の細長い水路の復活・再生の象徴として制作された。
リアルな龍(ドラゴン)をイメージした躯体は細長い首を持ち上下に動かすことが可能になっている。成形した発砲スチロールをFRP(繊維強化プラスチック)で塗り固め、鱗状にしたアルミニウムをリベットで締結する。その結果、首を動かす軽量さと丈夫さを兼ね備えている。さらに、口から火炎や水を噴かせるために、ガスバーナーや噴水ポンプを取り付けた。制作期間はわずか1カ月足らずであり、ウルトラファクトリーによる分業体制が確立されていることを物語っている。
そして、名村造船所跡地のドックで、巡航する船に《ラッキードラゴン》と《トらやん》を設置した。《ラッキードラゴン》は、《トらやん》が操舵するという設定で、中之島、道頓堀などの中心市街区や木津川沿岸の工場地帯で巡航された。また、《ラッキードラゴン》と一緒に大阪の街を巡航するクルーズも開催し、河川を移動する作品を並走する船で鑑賞するというかつてない試みを行った。
連日火炎や水を噴く《ラッキードラゴン》を中心としたヤノベ作品は、各地で多くの市民や府民、観光客に目撃され、メディアにも注目されることになる。結果的に行政にも大いにその効果を認められることになった。ヤノベは絵本『トらやんの世界 ラッキードラゴンのおはなし』を開催前に描き、「水都大阪2009」において空想を現実に変える試みを物語にした。以降、作品と物語が一層融合していく契機となった。