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    幻燈夜会 [2010]

    邸に棲む「龍」と「虎」

    ファンタスマゴリアとは、18 世紀末にフランスで発明された暗闇の中で幻燈機を用いて亡霊などを浮かび上がらせる写真や映画以前の視覚メディアである。ヤノベケンジは2007 年、「トらやんの大冒険-ファタスマゴリア-」展において、絵本『トらやんの大冒険』(2007)の物語が投影されるシャンデリア型の透かし彫りの幻燈機《ファンタスマゴリア》を制作している。

    2010 年に大原美術館の有隣荘で開催された「幻燈夜会」展においてもファンタスマゴリアをテーマにした。2010 年は日本で最初の西洋美術の私立美術館である大原美術館創立80 周年、創立者である大原孫三郎生誕130 周年という記念すべき年に当たっていた。

    有隣荘は大原孫三郎の本宅の隣にある別邸で、毎年春と秋のみ公開されている。ヤノベは有隣荘において住居用の空間で初めて展示を行った。街中を舞台にした「水都大阪2009」とは一転してスモールサイズでの展示だが、物語を基にインスタレーションをする手法が応用された。

    「幻燈夜会」展では、絵本『トらやんの大冒険』、『トらやんの世界 ラッキードラゴンのおはなし』のモデルとなった作品や模型、フィギュアをふんだんに使い、絵本や物語の世界を立体的に展開した。和洋折衷でさまざまな用途の部屋のある有隣荘に展示することで物語をロールプレイングゲーム(RPG)のように味わえる面白さが加わった。

    有隣荘は大原孫三郎が辰年であるため、龍の意匠が随所に施されている。そして、大原美術館のコレクション収集を行った児島虎次郎がそれらの意匠のディレクションもしている。《トらやん》と《ラッキードラゴン》をメインキャラクターにしたヤノベの展示は、有隣荘に棲んでいた「龍」と「虎」を再生する意味合いを持つことになった。そしてもう一人、大原に影響を与えた孤児救済運動のために演奏会(幻燈夜会)を開いていた宣教師、石井十次の存在が隠れたテーマとなっている。

    ただし、彼らが後世に与えた功績と同様に展示も有隣荘に収まることはなく、2 階の窓からは《トらやん》、《ランプ猫》、《ラッキードラゴン》の顔が飛び出し、全国的に有名な倉敷美観地区に訪れる観光客に好奇と驚嘆の目で見られることになった。ヤノベ作品は美術館の外で展示される機会は多いが、美術館から作品が飛び出す展示は珍しい。それは有隣荘に潜んでいた想像力を引き出し、現実にまで溢れ出ていることを示す象徴的な光景となった。

     また新作としてヤノベの創造の原点である《未来の廃墟》というタイトルのインスタレーションが展示されたことは特筆すべきである。それはボロボロの少女の人形が廃墟に佇むチェルノブイリの保育園内部の再現である。チェルノブイリでの苦い経験から、創作を通して自らを再生させていく過程を隠すことなく展示した。

    もう一つの新作となる《幻燈夜会-有隣荘》では、龍が水晶のようなガラス球を抱く形で包んでおり、そこには《アトムスーツ》を着用したヤノベが少女の人形を拾い上げ、その後、自ら静かに立ち上がり、駆け出し、《トらやん》と転生していく映像が流されている。有隣荘における展示は、建物の持つ記憶とヤノベの記憶から生み出された物語が重層的かつ立体的に「再生」されるファンタスマゴリアとなった

    プロジェクト期間:2010 年2月– 5月

    プロジェクトチームメンバー:山田美郷、代永久雄