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    (1/2) アンガー・フロム・ザ・ボトム [2013]

    大地の反逆

    2013年1月に放送された『たけしアート☆ビート』(NHK BSプレミアム)の特別番組としてビートたけしが2012年秋、京都造形芸術大学及び併設されているウルトラファクトリーを訪れ、アートの授業を体験する収録が行われた。

    ウルトラファクトリーでは、プロジェクト型実践授業の趣旨にのっとり、ビートたけしとヤノベケンジ及びウルトラファクトリーによるコラボレーション作品の制作を行うことになった。たけしのアイディアを基にディスカッションして内容を深め、それをヤノベとプロジェクトに参加した学生が制作して具現化するという手順で進められた。

    たけしの提案は古井戸から出てくる化け物を彫刻作品にすることだった。たけしは同番組でヴェネチア・ビエンナーレを訪れた際、ピロティ形式になっている日本館のピロティと館内をつなぐ開口部に、幼少期に東京の下町に数多くあった古井戸を連想していた。それ以来、古井戸をモチーフにした作品の構想を温めていた。

    日本にとって井戸は、「井戸端会議」と言われるように地域共同体の中心であるとともに、自然の恩恵を直接的に感じられる存在であった。さらに、その奥に水龍神などの存在を信仰したり、四谷怪談の「お岩さん」の舞台になったり、霊的で想像的な世界と共同体とを繋ぐ重要な回路でもあった。しかし、井戸は日本が高度経済成長を遂げる過程で、上下水道を整備することで不要のものとなった。そしていつしかゴミや産業廃棄物の投棄で汚染され、最終的に塞がれていった。

    たけしとヤノベは古井戸に棲んでいた神様が怒って化け物となった彫刻作品によって、環境汚染の反動で自然の猛威に晒されている今日の人類を風刺的に表現することを試みた。そこにはイソップ寓話『金の斧』のパロディで、欲にかられた二番目の男が湖に投げた斧が神様の頭に刺さるという、かつてたけしが演じていたコントの要素も盛り込まれた。

    それらをイメージして、ヤノベは古井戸から出てきた斧の刺さった化け物がせり上がって水を吐き出すという模型を作る。それはドクロのような頭と鱗のような躯体、文楽人形のような顎の機能を持った機械彫刻のプランであった。そこには、舞台芸人出身であるたけしの起承転結のあるアイディアと、そこに江戸時代の文楽人形やカラクリ人形的な要素を見出したヤノベの卓見と技術が結実していた。奇しくも二人の共同制作は、現代アートの表現をとりながら、日本の共同体や信仰、芸能の伝統を色濃く反映する作品となった。

    ヤノベは巨大化するにあたり、水による錆防止とイメージに合う輝きを出すため初めてステンレスを採用した。そして、アルミニウムより重く、全長8m以上にも達する躯体を、油圧システムで古井戸から頭を持ち上げ、伸びたところで顎に貯めていた水を一気に吐き出す仕組みを作った。結果的に全長、重量、仕組みなど、ヤノベ作品の中でも最も大掛かりな作品の一つとなった。また、古井戸の石垣を福島の石から型取り、気付かれることはないがさらに象徴的な意味を持たせた。

    《アンガー・フロム・ザ・ボトム(地底からの怒り)》と題された作品は、東京都現代美術館でお披露目された。一つのテレビ番組の企画を超えて、多数の報道陣が訪れ、メディア空間にも拡張されるかつてないプロジェクトとなった。

    ANGER from the Bottom
    • ANGER from the Bottom
    • アンガー・フロム・ザ・ボトム
    • 制作年 2013年
    • 素材 ステンレス、鉄、水、FRP、油圧ユニット、他
    • サイズ 715×460×520cm
    • 所蔵 小豆島町

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