小豆島 [2013]
神話が始まる島
「瀬戸内国際芸術祭」は、瀬戸内海の島々で行われるトリエンナーレ(3 年毎に開催される国際美術展)である。また、アーティストが瀬戸内の魅力を制作する中で発見し、観光客がアートを鑑賞する中で発見していくというアート・ツーリズムの試みでもある。第2回目となった「瀬戸内国際芸術祭2013」は、150 人以上のアーティストが参加し、春、夏、秋の3 期にわたり、シーズン毎の瀬戸内地域とアートの魅力を発見してもらう形式に拡張された。
ヤノベケンジをはじめ、京都造形芸術大学所属のアーティストや学生は、開催場所の中でも最大の島である小豆島の醤の郷及び坂手港エリアに集結し、小豆島を丸ごとアートの島に変換し、観光から関係へというテーマでコミュニティとの継続的な関わりを持つことを企画した。
「瀬戸内国際芸術祭2013」の中でも、中心的なアーティストとなったヤノベは、オリーブの木で有名な小豆島をノアの箱舟やヤノベの物語の世界に結合させることを試みた。そのために、神戸港と小豆島を結ぶ連絡船、ジャンボフェリーの甲板には、新作である《ジャンボ・トらやん》を2 隻に1 体ずつ設置した。胸像である《ジャンボ・トらやん》は、2 体のうちの1 体は舵を、もう1 体はオリーブの葉を持っている。
オリーブの葉は、ノアの箱舟において大洪水後に陸地の浮上を知らせるために鳩が咥えてきたものである。つまり、ノアの箱舟に見立てたジャンボフェリーを《ジャンボ・トらやん》が操舵して、「希望の島」である小豆島に向かう設定になっている。それは、絵本《トらやんの冒険》に描かれた物語のプロットでもある。
小豆島の展示で最も注目されたビートたけしとのコラボーション作品《アンガー・フロム・ザ・ボトム》は、洞雲山の麓の瀬戸内海が見渡せる古井戸跡に設置された。巨大ミラーボール作品《ザ・スター・アンガー》は、坂手港の灯台跡に置かれ、かつての灯台のように光を放つ目印となった。これらの作品は小豆島に存在していた痕跡に設置することで、住民の記憶を呼び覚ますとともに、新たな意味合いを持つことになった。作品群が八大竜王を祀り滝から湧水の出る弘法の滝護国寺、夏至前後の午後だけ現れる光の観音像を祀る洞雲山、瀬戸内海一高い星ヶ城山など、小豆島のさまざまな歴史とも共振していたからだ。
会期中は、ビートたけしも訪問し、住民らによって化け物と化した井戸の神様の怒りを鎮める祭りも行われ、作品は水神として生まれ変わることになった。それは芸術が原初的な形態へ回帰する儀式にもなった。さらに、ヤノベは小豆島のアートプロジェクトを一過性のものではなく、長く記憶に留められ語られることを目指した。坂手港待合所の全長35mの壁面には、ヤノベが構想し絵師である岡村美紀が絵巻風の壁画《小豆島縁起絵巻》を描いた。そこには小豆島のアートプロジェクトを縁起として未来へと繋がっていく雄大なドラマが描かれている。それはノアの箱舟に加え、小豆島のさまざまな伝承、古事記の国生みも想起させる。
作品を通じて現在を神話にしていくヤノベの試みは、神や芸術が未分化であった太古の形態に遡行し地域共同体の絆を再生させる芽となった。そこには小豆島を雛形として日本に再生の神話が波及して欲しいというヤノベの願いも込められている。
プロジェクト期間:2013 年1月– 3 月
プロジェクトチームメンバー:池本凌太郎、上路市剛、川彩恵、酒井太一、佐藤愛、下野文歌、長原聡磨、花田康史