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    シネマタイズ展

    1、「誕生」Rebirth

    《タンキング・マシーン》(1990)は、ヤノベケンジの実質的デビュー作である。鉄で覆われた白いタンクは外界からの情報を遮断し、内部はプロパンガスによって体温程度に温められた生理的食塩水で満たされている。そして、ヤノベ自身や観客が中に入ることによって作品として完成する。留学先のロンドンの蚤の市で購入した、戦前の英国軍用のガスマスクは白く塗装され、その下にはヤノベの顔(ライフマスク)がかたどられている。

    インスピレーションの元となった、アイソレーション・タンク(感覚遮断タンク)は、アメリカ国立精神衛生研究所(NIMH)で研究していた神経生理学者、ジョン・C・リリーが1954年に開発した。フローティング・タンクとも言われ、重力も含めた外部からの刺激を極度に低下させることで、変性意識状態(Altered state of consciousness)になるとされる。それは胎内にいる意識に近いとも言われる。1979年には、ケン・ラッセルによって、ジョン・C・リリーとアイショレーション・タンクをモデルにしたSF映画『アルタード・ステーツ』が制作されている。

    ヤノベが幼少期から影響を受けた、SF映画、特撮映画、アニメ、漫画などのサブカルチャー、ポップ・カルチャーから醸成した価値観や美学を、現代アートとして表現することに成功した最初の作品であり、同時多発的に日本で生まれた新しい潮流(ネオ・ポップ)として注目を浴びる。胎内回帰的行為によって、アーティスト、ヤノベケンジが誕生した記念碑的作品といえる。

     

    2、「サヴァイヴァル」Survival

    1991年、美浜発電所(美浜原発)事後が起こり、微量の放射性物質が外部に漏れる。それを受け、放射能を防護するための作品制作を開始する。事故直後に制作された《イエロースーツ》(1991)は、放射線を遮断する鉄板と鉛で作られた防護服であり、天秤の片方には植物による酸素発生装置がある。また、愛犬のための防護服も付随している。さらに放射線を検知するガイガー・カウンターも備えており《アトムスーツ》(1997)の原型となっている。

    その後、酸素発生コンテナ、蒸留水発生コンテナ、家財道具など、「サヴァイヴァル」するための各種道具を備えた私設列車《サヴァイヴァル・システム・トレイン》(1992)などに繋がり、「サヴァイヴァル」をテーマとする作品制作の始まりとなる。

    ヤノベは1990年に実質的デビュー作《タンキング・マシーン》において、サブカルチャー、ポップ・カルチャーで得た価値観や美学を現代アートとして表現する方法を確立した。なかでも世紀末の終末思想はサブカルチャー、ポップ・カルチャーでもっと普及した主題の一つであった。

    また、1986年のチェルノブイリ原発事故は、その後、フィクションの世界でも大きな影響を与える。核戦争や原発事故による人類の終末は、もっとも現実性の高いシナリオだったからだ。サブカルチャー、ポップ・カルチャーに影響を受けたヤノベが、核戦争や原発事故のための「サヴァイヴァル」を想定したのは必然のことであったといえる。

    ちなみに、美浜原発(1号機)は、電力会社(一般電気事業者)が初めて原子力発電を行った発電所あり、大阪万博(日本万国博覧会)開催中に、万博会場に試験送電が行われた。幼少期に大阪万博跡地の解体現場を遊び場として、「未来の廃墟」を先取りしたヤノベにとって、90年代は「未来の廃墟」が全面展開する恐怖との戦いであり、創作することは「サヴァイヴァル」することと同じ意味を持っていた。

     

    3、「アトム」Atom

    《イエロースーツ》(1991)を発展させ、より機能的でありながら、同時に『鉄腕アトム』のオマージュとなる形態を持ち、核から「サヴァヴァル」するためのシリーズを制作。現在では「アトム・ファミリー」ともいえる作品群となっている

    《ラディエ―ションスーツ・アトム》(1996)は、眼球・臓器・生殖器にガイガー・カウンターを取り付け、放射線を受けると、閃光と同時に胸のカウンターが線量をカウントする防護服。《ラディエ―ションスーツ・ウラン》(1996)は、シャワーを取り付け、放射性物質が付着すると除去できるようになっている。

    《アトムスーツ》(1997)は、《アトムスーツ・プロジェクト》(1997~2003)で、実際に原発事故後のチェルノブイリを探訪するために制作したものであるため、ヤノベならではの美学や形態が反映されているが、着用しても過度に負荷のかからない実用的機能に洗練されている。《ミニ・アトムスーツ》(2003)はチェルノブイリで出会った3歳児の少年のサイズを想定して制作された。

    《アトム・カー(White)》(1998)は、白、黒、黄色の3種類ある《アトム・カー》の一つで、100円硬貨を入れると走行可能となる。ただし、車に取り付けられたガイガー・カウンターが10回放射線を検知すると走行停止となる。走る(サヴァイヴァルする)ためには硬貨(資金)を入れ続けなければならず、原発事故後の世界へのアイロニーとなっている。

    《ブンカー・ブンカー 構想模型》(1999)は、廃墟となった世界(未来の廃墟)をサヴァイヴァルするための非常用道具が装備された地下用シェルター《ブンカー・ブンカー》(1998)のための模型である。

     

    4、「未来の廃墟」への時間旅行
    Time Travel to “The Ruins of the Future”

    《アトムスーツ・プロジェクト:大地のアンテナ》(2000)は、《アトムスーツ・プロジェクト》で訪れた原発事故後のチェルノブイリで撮影された写真と、《アトムスーツ》を着用したヤノベケンジ本人をモデルにした立像、《アトムスーツ》を着用した大量のフィギュア(人形模型)で構成されたインスタレーション。

    フィギュアの中にはガイガー・カウンターが付いているものがあり放射線を検知する。放射線には、人工的な放射性物質によるものだけではなく、宇宙線や放射性物質を含む大地から発生する自然放射線がある。特に宇宙から飛来する放射線はランダムに降り注ぐ。《大地のアンテナ》は、それらの自然と人工の活動を、放射線を通して受信するアンテナのような役割を司る。

    ライトボックスで作られた台座にはチェルノブイリで撮影された大量の写真がレイアウトされており、立入禁止区域ZONEで図らずも邂逅した当時3歳の少年のいる自主帰還民(サマショール)たちとの出会いも含まれている。

    《アトムスーツ・プロジェクト》は、阪神・淡路大震災や同世代が起こした地下鉄サリン事件を機会に、サブカルチャー、ポップ・カルチャー的な幻想・妄想と現実との断絶を、自身の身体を介して解消することも目的であった。さらに幼少期に大阪万博跡地の解体現場で見た「未来の廃墟」への時間旅行を再現したいという思いもあった。しかし、厳しい現実はさらなる断絶と、芸術表現に被災者である人々を利用したという後悔と懺悔、贖罪意識を背負うことになる。

    チェルノブイリではヘルメットをしていたが、《大地のアンテナ》の立像ではヘルメットを取った自分の素顔をさらけだしており、鎌倉時代に作られた彫像、空也上人立像をモデルに口から6つのフィギュアを出しているのも象徴的である。

    「市の聖」と言われた空也上人は、平安時時代に貴賤を問わず、いち早く庶民へ信仰を広げた。立像は諸国を廻っている姿であり、口から出ている6体の小像は、阿弥陀如来像である。それは空也が唱えた「南・無・阿・弥・陀・仏」の6字の名号を表しているとされる。

    ヤノベの立像の口から出ているフィギュアが意味するものは、おそらく「ヤ・ノ・ベ・ケ・ン・ジ」の6字であり、ヘルメットを外した素顔の声かもしれない。過去作品を使ったインスタレーションの手法が初めて展開された作品であると同時に、個人の妄想の実現から、空也上人のように市民に開いていく姿勢へと変わるターニング・ポイントとなる過渡期的な作品である。

     

    5、「未来の太陽」The Future Sun

    東日本大震災後、ヤノベケンジは作品の姿勢を、外部から批評するような従来の現代アートの表現から踏み込んで、内部のコミュニティに入り込み実際に現実を変えるようなアプローチを開始する。

    《サン・チャイルド》(2011)は、震災の年に制作されたものであり、ヤノベ自身、学生、被災地の人々を鼓舞するために、現状を打破し希望の象徴となるイメージを形にした。放射能防護服を着つつも、ヘルメットを脱いで、右手に「小さな太陽」を持つ巨大な子供の姿は、次世代にエネルギー問題や放射能汚染が解決される「未来の希望」を示唆している。

    結果、世界各地を巡回し、3体の内1体は、ヤノベの故郷である大阪府茨木市に恒久設置される。また、震災翌年の「福島現代美術ビエンナーレ2012」では、多くの賛同者、支援者の協力を得て福島空港に設置され、会期を大幅に延長して展示された。

    《太陽の神殿/サン・チャイルド島 構想模型 (1/50)》(2011)は、《サン・チャイルド》を神像とする人工島の神殿であり、熊本の結婚式場のために構想された。構想を引き継ぎ《サン・チャイルド(ステンドグラス)》(2012)や《チャーチ・チェア》(2013)は、《太陽の結婚式(インスタレーション)》(2013)の一部として、「あいちトリエンナーレ2013」で展示された。

    《サン・シスター》は、性別の区別のない子供像《サン・チャイルド》よりも少し未来の姿である少女像として2014年に制作された。光が明滅する《呼吸する太陽》(2014)に向かって、目を閉じて座っている少女が、立ち上がりながら手を広げて目覚め、新しい世界が来たことを告げる。《サン・シスター》も京都、東京で展示された後、「福島現代美術ビエンナーレ2014」に出品された。

    その後、《サン・シスター》(2015)は、《サン・チャイルド》のお姉さん的な存在として、東日本に先んじて復興・再生を遂げつつある神戸にパブリック・モニュメントとして設置されることになった。実際の太陽光を反射するステンレス製の服を来て、右手に小さな太陽を持ち両足を踏みしめる姿になり、2015年、阪神・淡路大震災20年の節目に兵庫県立美術館前に恒久設置された。

    一方、原型の《サン・シスター》は、増田セバスチャンによって色鮮やかな装飾が加えられることで《フローラ》(2015)として再生した。そして琳派400年記念祭の一環として、京都府立植物園で屋外展示され、「風神雷神図」では描かれなかった中央の女神として新たな希望の象徴となった。

    《太陽の島 構想模型》(2015)は、2020年東京オリンピック・パラリンピックの文化プログラムのために提案されたものである。美術館やコンサートのできるアリーナを備えた巨大な人工島は、日本各地に移動することができる。モン・サン=ミシェルが動くような壮大な計画であるが、再生可能エネルギーで発電を行い、島自体が一つのエコシステムとなっており、将来の日本の姿を重ねている。

     

    6、「リヴァイヴァル-もう一つの太陽」
    Revival:The Another Sun

    サブカルチャー、ポップ・カルチャーに蔓延していた世紀末の終末思想は、オウム真理教事件の引き金となり、同世代であるヤノべが憑りつかれていた妄想も、紙一重だということに気付く。五島勉著の『ノストラダムスの大予言』の流行など、実質上、日本で初めて迎える西暦の世紀末は、歪んだ形で若者に終末思想を植え付けていた。

    1995年、阪神・淡路大震災という自然が起こしたカタストロフィーと、地下鉄サリン事件という人為的なテロ行為を、当時、制作拠点のあった遠いベルリンでメディアを通して体験したヤノベは、自身の妄想と現実との断絶を埋める必要性に迫られた。世紀末と終末思想を直接的に結び付けた、1986年に原発事故を起こしたチェルノブイリへの探訪は、妄想と現実との断絶を埋めるために適した場所だと思われた。しかし、チェルノブイリで自主帰還住民と出会ったことで、ヤノベは深い後悔と懺悔、贖罪意識を持つことになる。

    その後、チェルノブイリ探訪時の撮影フィルムを見直している時に発見した1枚の写真が、ヤノベに新しいインスピレーションを与える。その写真は《アトムスーツ・プロジェクト:保育園4・チェルノブイリ》(1997撮影、2003制作)として作品化された。そこには壁面に顔の描かれた太陽、朽ちた人形を抱える《アトムスーツ》を着たヤノベが佇んでいる。

    21世紀を迎えた後、世紀末と終末思想に憑りつかれていた、妄想上の「サヴァイヴァル」から抜け出す必要があり「ビバ・リヴァイヴァル・プロジェクト」を掲げることになる。

    ヤノベは子供が誕生し、自力で立つ時期にその成長に願いを込めると同時に、自身の魂も再び立ち上がることを重ね合わせ、太陽に向かって立つ巨大な幼児像を制作した。それはチェルノブイリの幼稚園で朽ちた人形の再生でもある。

    ガイガー・カウンターで放射線を一定数値検知すると、ひれ伏していた巨大な幼児像は、自ら重い頭を上げて立ち上がる。その時、視線の先にある「太陽」の彫刻の口からは祝福の証として虹色に輝くシャボン玉が吹き出る仕組みである。二足で立つことは、人間の成長と同時に、人類の進化の大きなステップでもあるという象徴的な意味がある。そして二足歩行へと繋がる。その後も「立つ」ことはヤノベの大型彫刻にとって重要なテーマとなる。

    作品は「Stand Up」の発音を模した日本語表記から《ビバ・リバ・プロジェクト:スタンダ》(2001)と命名された。「サヴァイヴァル」から「リヴァイヴァル」へとテーマを移行し、チェルノブイリの経験が昇華され、明確な表現となった記念碑的作品である。

     

    7、ヤノベケンジの代弁者-トらやんの大冒険
    The Agent of Kenji Ynobe:Torayan’s Great Adventure

    2003年に、自身のイマジネーションの原点でもある万博会場跡地にあった国立国際美術館で開催したヤノベケンジの大規模個展「メガロマニア」では、それまでの集大成とでもいえる膨大な作品を集結させた。

    ヤノベ自身、アーティストとして最後の仕事かもしれないと思って取り組んだ個展で、父親が定年後に始めた腹話術人形「トラヤン」と、《ミニ・アトムスーツ》(2003)が合体し、《トらやん》(2004)が誕生する。結果的に、ヤノベ自身を主人公にする作品は終了し、ヤノベの代弁者として《トらやん》を主役にした作品シリーズが開始される。

    《トらやん》を初めて大々的に登場させた作品は、《森の映画館》(2004)である。《森の映画館》は、自分の子供のために作った子供専用の山小屋風の映画館である。外には立っている《トらやん》、中では映画が上映されている。

    実は、外壁は木造であるが内部には鉄板が入ったシェルターになっており食料も装備されている。《トらやん》は放射線を検知すると「歌って踊る」ことで子供たちに注意を喚起する。

    映画は、ヤノベの父親が操作する腹話術人形《トらやん》が孫たちにメッセージを送ったり、アメリカ国防総相が冷戦時代に作った核爆弾から身を守るための子供向けの啓蒙アニメに《トらやん》を登場させる内容となっている。その後、《森の映画館》はシリーズ化し、《青い森の映画館》(2006)、《宮の森の映画館》(2007)、《小さな森の映画館》(2007)が制作される。

    《トらやん》の登場で、ヤノベは一人称の視点から、「トらやん」を通して世界を見る三人称の視点を得ることで、さらなる物語性を獲得していく。霧島アートの森で開催された展覧会「トらやんの世界」のカタログとして制作された『トらやんの大冒険』(2007)と、「水都大阪2009」のカタログとして制作された『トらやんの大冒険 ラッキードラゴンのおはなし』では、自身の作品を物語・フィクションに巧みに組み込む方法論を確立した。

    一方で、様々な空間に《トらやん》を主役にしたジオラマのようなインスタレーションを作る方論も確立した。《ファンタスマゴリア》(2007)は、鉄彫刻に『トらやんの大冒険』の物語を切り描いた巨大ランプ、シャンデリアである。《トらやん》は、現実と虚構を無限にフィードバックさせる今日のヤノベの作品世界の土台となっている。

     

    8、「シネマタイズ」CINEMATIZE

    林海象脚本、監督、永瀬正敏主演によるSF映画『BOLT』の映画美術をヤノベケンジが担当し、美術館の一室を映画セットとして公開するインスタレーション。会期中に公開撮影が行われ、「シネマタイズ=映画化」がテーマとなっている。

    巨大地震後に原子力発電所から漏れた高濃度放射性物質に汚染された冷却水を作業員たちが決死の覚悟で止めにいく、というストーリーであり、現実に起きた事故がモチーフとなっている。しかし、複雑なこの問題を単純化し、批判するならばドキュメンタリーの方がふさわしく、映画ではSFの体裁がとられ、究極の状態で人はどのように判断するのか、というヒューマニズムに重点が置かれている。現実に対する向き合い方はいろいろあるが、映画やアートが二項対立になりがちな集団心理の中で違う視点を提供する役割を持っているのは確かである。

    本展における「シネマタイズ」は、Cinematize(映画化する)という動詞からとられているが、単純に美術館を映画セットにして映画化するという意味ではない。ヤノベの創作の軌跡において、アートを美術館やギャラリーだけではなく、街中や野外に置くことで、偶然立ち会った観客も含めて映画撮影のような独特な雰囲気を作り上げ、同時に撮影される記録映像もフィクションのようになる効果について名付けたものである。ヤノベの震災後の活動も、作品を置くことで現実を空想的にしてしまい、現実に縛られてしまいがちな人々の意識を解放する効果をもたらしている。そして、希望を与え勇気づけようとしている。

    「シネマタイズ」展の第2部のインスタレーションは、映画の脚本に合わせて、原子炉や巨大プール、巨大トンネルなどが組み上げられているが、原子炉はフライズアイ・ドームに黒い角を付け、内部に人工雷ともいえるプラズマ発生装置(テスラコイル)を入れた《黒い太陽》(2009)を組み入れたものである。プラズマは核融合にも繋がる。また、原子炉の横には、《ビバ・リバ・プロジェクト:ニュー・デメ》(2002)が展示され、反対側には《風神の塔》(2015)が展示されている。

    《ビバ・リバ・プロジェクト:ニュー・デメ》(2003)は、大阪万博当時、建築家の磯崎新が設計した巨大ロボット《デメ》のイメージを廃墟から蘇らせたものである。《風神の塔》(2015)は、福島の地域電力会社のモニュメントのために構想され、風力で水を汲み上げ、口に溜まると吐き出すことが想定されている。「パンテオン」展において、 風神の象徴となり、雷神の代わりの《黒い太陽》、《フローラ》とともに展示された。映画セットでありながら、インスタレーション作品としても独立しており、エネルギーに対する人類の相克と転換を示唆している。