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    SHIP’S CAT

    希望の旅の守り神

    ヤノベケンジと猫

    ヤノベケンジの作品には、たくさんの動物が登場する。初期の作品である《イエロー・スーツ》(1991)から当時飼っていた犬のための放射能防護服が創られている。世紀末や終末の世界を生き抜くための心の友としてペットは必要であった。子供が誕生した後は、子供のためのシェルター型映画館《森の映画館》(2004)を制作しているが、それ以降もネズミ、ゾウ、絶滅した動物であるマンモス、架空の動物である龍もよく登場する。

    なかでも、現在でもインスタレーションによく使われるのが猫である。2008 年にパフォーマンス集団パパ・タラフマラの舞台作品「ガリバー&スウィフト」の舞台美術を担当した際に制作された《猫人形》(2008)が最初に猫をモチーフにした作品である。ヘルメットを被り、目がライトになっている猫の彫刻作品は、その汎用性の高さのため、その後、さまざまな場所で展開されるインスタレーションに欠かせない存在になっていく。

    特に、印象的なインタレーションとして、2010 年に富山県入善町の下山芸術の森発電所美術館で開催された「ミュトス」展において、『創世記』をなぞるような4期の構成を創っており、序章と1 章「放電」、2章「大洪水」に猫の彫刻作品《ランプ猫》(2008–2010)を登場させている。廃墟の中を佇み目が光る猫と、幻燈機や放電装置が物語の始まりを告げるとともに、不穏な空気を醸し出している。

    そして、 2章「 大洪水」で巨大な水瓶の水を大量に放水するインスタレーションが行われ、3 章「虹のふもとに」で虹が出現する。猫は後の破壊と救いを予兆しているようにも思える。

    また、2012 年に都立第五福竜丸展示館で行われた「第五福竜丸からラッキードラゴンへ」展では、《トらやん》(2004)などと一緒に、甲板に《ランプ猫》を置いて構成している。もしそれを見たら、「 SHIP’S CAT( シップス・キャット)」を連想する方もいるかもしれない。

     

    船に乗り旅する猫「SHIP’S CAT」

    「SHIP’S CAT」とは、大航海時代にネズミから貨物や船を守り、疫病を防ぎ、時に船員の心を癒す友として世界中を旅した猫のことである。もともとはネズミなどの害獣退治が目的であったわけだが、猫の持つ愛らしさによってマスコットになったり、危機察知能力があるとされ、守り神のようにも扱われたりしている。

    第五福竜丸の上に乗る、防護ヘルメットや潜水ヘルメットをしているように見える《ランプ猫》は、第五福竜丸の忌まわしき運命の追悼のようにも、新たな旅立ちのための道案内のようにも思える。第五福竜丸の新たな旅立ち、つまり人類のこれからの行く末を見守る存在として、ヤノベが猫に託したイメージは大きい。

    また、神戸・高松と小豆島を結ぶ連絡船ジャンボフェリーの展望デッキには、ヤノベ作品の代表的キャラクターである「トらやん」の巨大な胸像《ジャンボ・トらやん( 2013) を設置している。「トらやん」はもともと阪神タイガースファンであった、ヤノベの父の腹話術人形からヒントを得た作品であるが、黄色と黒の防護服を着ていることもあり、トら=虎をモチーフにしているともいえる。明治以前は生きた虎がほとんど入ってきておら

    ず、猫を参考に描いてきた日本の伝統から言えば、《ジャンボ・トらやん》も一種の「SHIP’S CAT」であろう。箱舟に見立てられたフェリーは、《ジャンボ・トらやん》の操舵によって、「希望の島」である小豆島に導かれるのである。

     

    次世代の「SHIP’S CAT」

    今回、ヤノベは猫の作品の系譜を「SHIP’S CAT」のイメージに集約させている。最初に福岡県の博多にあるホステル「WeBase」のために制作された巨大な猫の彫刻作品《SHIP’S CAT》(2017)は、博多という土地が日本最初の人工港「袖の湊」のあった場所であり、船旅の拠点であったことに着想を得ている。

    もともと古代エジプトで繁栄した猫が世界中に伝播した原因も、ネズミ退治のために船に乗せられた猫が世界中の港に降り立ったことに起因している。日本にも弥生時代には猫が辿り着いたことが確認されている。その後も遣隋使や遣唐使の時代に仏教経典などを守るために同乗した多くの猫は、博多を起点に日本中に広まった可能性は高い。そして、同時

    に博多から猫は世界に旅立っていったのだろう。

    つまり、博多と同様に、猫は旅や冒険の遺伝子を引き継いでいるのである。またペットでありながら、野生を失っておらず、人々にインスピレーションを与え続けている。そのような猫の持つ親和性と神秘性に加え、旅を象徴する作品として《SHIP’S CAT》は構想された。《SHIP’S CAT》は、建物の内側と外側を結ぶ巨大な猫の彫刻である。

    巨大な白猫は、建物の中から這い出るポーズをし、今にも外界に飛び出そうとしている。そして、ランプにもなるヘルメットが周囲を照らし、宇宙服や潜水服のような衣装を身に着けている。そこには、宇宙を航海する未来の希望を予兆し、安全や出会いを助ける守り神となって、混迷する世界においても、人々や若者の旅を導いて欲しいという願いが込められている。

    また、ホステルのシンボルであると同時に、最初の港の遺伝子を引き継き、世界のハブ都市となる博多を導くように託された次世代の「SHIP’SCAT」なのである。WeBase 博多は、地元の博多小学校の子供たちに愛称を募集し、多くの応募作から「ニャーピー」が選ばれ、9月18日に表彰式 が行われた。

     

    旅する招き猫

    2017年、福島で開催された「重陽の芸術祭」で、二本松城(霞ヶ城)本丸跡に展示された《SHIP’S CAT(Black)》は、日本古来からの幸福の黒猫をイメージし、厄災を払い、幸福を呼ぶために制作された。京都の檀王法林寺では、「 恐怖諸難を取り除き、衆生を救護し、光をもって諸法を照らし、悟りの道を開かせる」(華厳経)と同時に、夜の守り神でもある主夜神の使いとされている。江戸時代には、檀王法林寺で右手を上げる「招き猫」の彫像が制作され、それが起源の一つとなり今日の招き猫になった。

    《SHIP’S CAT(Black)》は、二本松市内を見渡せる二本松城(霞ヶ城)本丸跡の東櫓台に置かれることで、周囲の風景をステンレスのボディなどに映し込み、同時に新しい風景を創り出した。さらに、巨大なボラード(係船柱)の上に乗るタイプの《SHIP’S CAT (Harbor)》が制作され、鎌倉などに設置されることになった。博多から始まった《SHIP’S CAT》の物語は、日本における猫の伝播のように、日本各地に広がり、さまざまな種となって展開されていく。それらは日本という船に福を招き、世界中の人々を希望の旅に誘うだろう。

     

    フランス・日本・エジプト 古代と現代、東西が出会う旅

    2018年は日仏友好160 周年を記念する年になり、多くの関連行事が行われた。ヤノベも、8月22日から28 日にかけて、ルーヴル美術館別館カルーゼル・デュ・ルーヴルにて、日本政府主催で開催された「ジャポニスム2018」の参加企画事業、京都・パリ友情盟約締結60 周年記念事業の一環として、株式会社レーサムと京都芸術大学の共催による「SHIP’SCAT」展に参加する。fig.6

    その際、《SHIP’S CAT(Harbor)》や《SHIP’S CAT (Black)》を日本から運んで展示することに加え、日本の伝統文化である和紙を使ったアーティストである堀木エリ子と共同制作を行い、古代エジプトの太陽神バステトとヤノベの《SHIP’S CAT》が出会う図柄の巨大な障子《PictureScroll of SHIP’S CAT》や和紙製のトーテム《SHIP’S CAT (Totem)》を出展した。

    カイロ美術館に次ぐ古代エジプトコレクションのあるルーヴル美術館には、古代エジプトの女神バステトが雌猫の彫像として展示されている。日本では、手招きをする猫の彫像が、福を呼ぶ招き猫として普及しており、

    古代エジプトの文化は、はるか遠い道のりと海を渡って日本にも伝わったといえる。《SHIP’S CAT》は、まさに「船乗り猫」となって、日本からルーヴルまで船で運ばれることになり、ヤノベは旅立ちの地に戻るような強い必然性と運命を感じる。現代の日本で制作した猫を運ぶことで、古代エジプトと現代日本のアートがフランスで邂逅することになったのだ。

    《SHIP’S CAT (Totem)》と《 Picture Scroll of SHIP’S CAT》は、2018年10月にオープンしたWeBase京都に恒久設置され、《SHIP’S CAT(Harbor)》はWe Base 鎌倉に戻り長い旅から凱旋を果たすことになる。

     

    上海 女性に向けて

    2018年11月には、上海にある最大規模のショッピングモール長風大悦城の屋上に、「セーラー服」の衣装を着た《SHIP’S CAT(Sailor)》が恒久設置された。女性を応援するコンセプトを掲げたjoycity のために「セーラー服」の意匠を付けることにした。もともとは、男性の水夫の服であった「セーラー服」だが、上海が世界有数の港湾都市として繁栄し始める19 世紀末から20世紀初頭にかけて女性のファッションに取り入れられ、今や女性の力の象徴でもあるからだ。そして、上海や世界中で活躍する女性を導いて欲しいという願いが込められた。

     

    高松・広島 海路を旅する猫

    さらに、2018年11月には、WeBase高松のシンボルとして、屋上に《SHIP’SCAT(Returns)》が恒久設置された。通りから見ると屋上に大きな猫が顔だけ振り向いており、逆に発見した人々が驚いて振り返るという作品になっている。

    高松は、空海の生誕地であり、お遍路の伝統が残る四国、香川県に合わせて、振り返る「見返り猫」をモチーフに、「再来」、「恩返し」という新たな意味を加え、何度でも来て欲しいという願いが込められた。

    2019 年には、「瀬戸内国際芸術祭2019」関連企画、「祝祭」の一環として、《SHIP’S CAT(Diver)》が展示され、ダイビングスーツにボンベを抱えた水中に潜る猫のイメージが打ち出された。

    同じく2019 年にオープンしたWeBase 広島には、高松とは逆に、天井から顔を出す猫《SHIP’S CAT(Fortune)》が組み込まれた。ヤノベは、ホステルを広島の名所、厳島神社に例えられる龍宮城に見立てた。そして、「SHIP’S CAT」が龍宮城まで潜り深海の旅に誘うのだ。天井から顔を出す猫は、龍宮城を覗いて、旅の出会いを見守っている。

    こうして、福岡から始まった旅は、遠くパリ、上海にまで至り、高松、広島を経て、ヤノベの住む大阪へと辿り着くことになる。

    SHIP'S CAT
    • SHIP'S CAT
    • シップス・キャット
    • 制作年 2017年
    • 素材 
    • サイズ 300×240×480 cm
    • 所蔵 株式会社WeBase

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